興味深い新刊があります。
「ヒト ~異端のサルの1億年~」 島泰三著、中公新書、8月25日に出たばかりです
島泰三氏は綴られています:
「イヌがどうした?」と言ってはいけない。イヌと抱き合って凍てつく夜を過ごした者は,イヌこそは命の恩人だと知っている。子どもに飛びかかろうとしたヒョウを撃退したイヌは英雄として扱われて当然であり、熟睡していた主人達を起こして火災から救ったイヌは、永遠に記録に残されるべきである。恩を忘れたのはホモ・サピエンスの側である。
・・・
ホモ・サピエンスが野生の類人猿から離れて、人間として歩み始める決定的な貢献が(イヌには)ある」
そして、言語の起源についての節が展開されます。
なぜ、ホモ・サピエンスだけが言語によるコミュンケーションを獲得したのかが語られます。
同種間のコミュニケーションならジェスチャーやしぐさで事足りるものですが、異種間のコミュニーションには、声を出すこと、発声が必要になります。
イヌと暮らすようになって、ヒトは言語を獲得し、そしてまた、オオカミも遠吠えのほかに鳴き声は持たないが、イヌは、家畜化されヒトと暮らすようになって、警戒音や甘え声を出すようになったのだ、と。
あらゆる類人猿が、言語をもたないのに、なぜ、ヒトだけが?
ジュリアン・ジェインズの研究を紹介しながら、また、ボノボの「カンジ」のゲスチャーに発声とレキシグラムが組み合わされていたことを示しながら、島氏は、呼び掛けと修飾語だけでなく、名詞が作られたわけを示されます。
イヌの家畜化によるのだと。
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本書を読んでいると、時代と空間を超えて、ヒマラヤ造山運動やユーラシア大陸衝突などの大陸移動を眺めながら、森に、海に、旅しているような錯覚に陥ります。
最終氷河期に絶滅したネアンデルタール人。
大分の山奥でイヌを使ったイノシシ猟を試みる男性の話。
マダガスカルやボルネオの密林。
政治性の強いチンパンジー。
復讐心に燃えるントロギにMさんが襲われる話。
「靴下や靴に覆われたわれらの足にもなお残る感覚が、この鉄木の霊を感じる瞬間に出会うのは、まさに密林の空中に渡されたこの桟道の上だ」
島氏が漕ぎ出す筏に乗って、漂流しながら、自然人類学を楽しく旅しているような感覚です。
イヌはともだち。
ホモ・サピエンスは、イヌを裏切らない。
交通事故にあい、警察から指導センターに収容された常総犬、くうちゃんも、つらい手術と治療を終えて、立てるようになりました。
(イヌとの絆をずっと忘れないでいるホモ・サピエンスでいたいですね。)