2016年元旦:蛙狩神事を世界に問うアクション

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 平成27年12月29日、長野県の「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」に基づき、長野県公安委員会宛に集団示威運動許可申請を行い、同日付で許可を受けて、同月31日から翌28年1月1日にかけて合法的に集団示威運動を行いました。

■名称:
蛙狩神事を世界に問うアクション
■実施の日時:
平成27年12月31日23時30分から
平成28年1月1日12時00分まで
■進路・場所及びその略図:
諏訪大社上社本宮周辺の道路及び河川
詳細は別紙の通り
■目的:
動物愛護及び管理に関する法律第二条第一項及び動物の権利の世界宣言各条に違反する神事を止めさせ、生命の尊重による世界平和を訴えること。
各自、個人としての参加


*****************
●Yさんが、ひとつひとつの風船に心を込めて「命を大切に 2016年」と書き込みました。
これは警察から許可を受けた、合法的な、対話を求めての平和的アクションです。神
事では、蛙を板に挟んで串刺しにし神に生け贄として捧げます。諏訪大社の伝統や歴
史を否定するものでなく、神事の廃止を求めるものでもなく、あくまで、神事に使わ
れる「生きた蛙」を、人形や瀬戸物などの代用品に替えることにより、動物愛護法違
反を改めて下さい、とのお願いのアクションです。

おとなたちは、子どもに対し、小さな命を慈しむ心を育むよう、動物や他者の受ける
痛みや苦しみへの想像力を育むよう、手本を示すものではないでしょうか。無抵抗な
蛙をつかまえて、串刺しをする行為を、子どもたちはどのように受け止めたらよいも
のでしょうか。

●氏子さんからの言葉

1.諏訪の竜神が怒って、鬼怒川に災害をもたらしたのだ、
2.女が川に入ったら川が汚れる、
3.神事を妨害したあなたは呪われる、、、、、
4.常識と法律とどちらが大事なのか、常識だろうが、、、、

との言葉が氏子の複数の方から発せられました。

1←水害により死者も出た常総の皆さんに対して、あまりにも心ない、迷信に満ちた
言葉です。
2←女性蔑視ではないでしょうか。もしも血が不浄であれば、鹿を殺して血のしたた
る首をならべる御頭祭や、蛙を差し殺す蛙狩神事を、なぜ神殿や聖域で平気で行うの
ですか。
3←氏子さんたちから私への呪いの言葉を面と向かって、あるいは留守電で、幾度も
聞きました。呪う神様を信じねばならないのは不幸なことではないでしょうか。新しい価値観に戸惑われているのでしょうか。
4←常識は人によりまちまちだから、法律があるのです。現代日本は、法治国家で
す。神社といえ、法律には従わねばなりません。

●なお、諏訪大社側は、諏訪市が所有管理する御手洗川に、今回も市の許可なく結界を張りました。
神事前日の諏訪大社の警察に対する説明によると、結界はあくまで神事を行う場所を示すものであり、結界の中に入った者を排除する趣旨ではないとのことでした。
しかし神事当日、合法的に川に立ち入りカエルを保護しようとした者に対して、川から出るよう氏子さんが強い口調で指示しました。
こうなると諏訪市公共物管理条例違反となり、罰則(懲役、罰金)もあるため、その氏子さんは現場で警察から注意を受けていました。
今後その氏子さんや諏訪大社が処罰されるかどうかは、現段階では分かりません。
諏訪大社の常識より法令が優先することを、諏訪大社や氏子さんたちに理解してもらえるよう、私たちも対応していきたいと思います。

                      全国動物ネットワーク

●犬猫救済の輪さんの言葉のご紹介

高橋冬樹さまブログより

http://blog.livedoor.jp/buffaloes1988/archives/52117830.html

2015年12月31日
長野県の諏訪大社は最低だ。 長野県の諏訪大社は毎年元旦にカエルを「いけにえ」
として生きたまま串刺しにして飾る。動物愛護団体が「生きたカエルではなくおもちゃなどの代替えを」と昨年から大勢で提案してきたが無視されている。

昨年に引き続き今日も諏訪大社に電話してみた。「インターネットで知ったのですが生きたままカエルを串刺しにして飾るのは事実ですか?」と質問すると諏訪大社は「そのように指示しています」と返答。おもちゃや人形のカエルなど代替えを提案したが「文章でお願いします」と返答された。

諏訪大社の神様ってカエルに痛みと苦しみと恐怖を与えて喜ぶのかもし人間より進化した生き物が表れて人間を生きたまま串刺しにして飾ってもいいのか?

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岩上安身 ‏
https://twitter.com/iwakamiyasumi

生きたまま串刺しにして五穀豊穣などを祈る、という古代人の心性。現代人がそのまま共感できるか? 形骸化した伝統を続ける意味を問い直す機会。→諏訪大社カエル串刺し神事に抗議 動物愛護団体「許すことのできない残虐行為」

岩上安身
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E4%B8%8A%E5%AE%89%E8%BA%AB
岩上 安身(いわかみ やすみ 1959年(昭和34年)8月18日 - )は、日本のフリージャーナリスト、ノンフィクション作家、浅井企画所属のタレント。株式会社「IWJ(Independent Web Journal:インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)」代表。

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☆諏訪大社蛙狩神事(生きたままカエルを串刺しにする)についての当会の考え方(2016年1月1日)

元旦、日本に残る「イケニエ」の廃止を求めて、諏訪大社を訪問させていただきました。
(伝統とは)
当会も伝統は大変に貴いものであると考えております。ただ「伝統」とは、時代によって人々に受け入れられやすい形に改善されてこそ、その精神を守り伝えていくことができると考えております。
(イケニエを廃止したり代用品を使用するのは人間の智慧の歴史)
動物生贄、動物祭祀を一つの伝統文化とするならば、古くは生きた馬の代わりに「絵馬」「埴輪」へと代替え品が使用されるようになりました。また諏訪大社自身、明治時代までは75頭のシカの首を切り落として生贄にしていたのを、現在はシカのはく製で代用しています。 一説によると、あまりの残酷さに明治政府から禁止されたとも言われていますが、諏訪大社からは時代に合わせて変えたとの説明がありました。同社の資料館では、鹿首やウサギの串刺しが展示されており、かつての神事の記録を見ることができますが諏訪大社自身、このようにいくつかの動物生贄はすでにやめたり代用品に変えたりして来られました。カエルのイケニエもカエルだからいいという時代ではないと考えます。一般的にイケニエは人間の女性や子供から大動物そして小動物や魚を経て餅等の食物へと変わってきております。 これこそ命を惜しむ人々の智慧といってもいいのではないでしょうか。
京都の諏訪神社では既に陶器のカエルで代用していますし、長野県生島足島神社では橋の上から弓を射る所作だけで実際にカエルを殺生していません。五穀豊穣を願う精神はそのままに、生きたカエルではなく代用品使用や所作だけへの工夫をお願いしております。こうした方向性は、日本だけではなく、国際情勢をみますと、多くの人の抗議によって世界最大の動物いけにえ虐殺ネパール寺院のガディマィ祭りが無期限禁止となりました。スペインにおける闘牛で、牛を傷つけない曲芸興業が考案されているようです。(スペインでは既に闘牛自体が、一部禁止され衰退へ向かっています)伝統文化の中でも特に動物を殺傷するものは、廃止、あるいは代替え品、所作だけというように変容してきております。

(伝統と動物愛護の両立は可能)
諏訪大社の蛙狩神事という伝統を真に後世に守り伝えていくためにこそ、残虐性を回避した形への改善が望まれていると考えます。「動物愛護」と「伝統文化・行事」は二者択一ではなくこうした方法で両立が可能だと考えております当会は何が何でも神事の廃止を求めているのではなく人形などを使って生きたカエルの代替えにしていただきたいと要望しているのです。「イケニエ」という行為は国際社会からも受け入れがたいものです。

直接に諏訪大社でアピールさせていただいた前に、当会や他団体様が複数回、様々な角度から書面をもって改善を求め、あるいはこの問題の論点を明らかにするために質問状をお出ししておりますが、ただ伝統神事なので継続する旨の回答しかいただけておらず、対話を深めることすらできませんでした。神社の皆様をはじめ、地域の皆様や氏子の方々にも、この神事の問題点を正確に知っていただくために本日現地を訪問させていただきました。これからも継続予定です。
(皆様へのお願い)
まずはおひとりでも多くの皆様に、諏訪大社でいまだに生き物に激痛を与えて死に至らしめる「イケニエ」行為が行われていることを知っていただき、またその歴史的変遷と海外の情勢にも関心をお持ちいただけたらと思います。、今を生きる国際社会における宗教行事の在り方が問われているのではないでしょうか。
今、私たちの声は小さいものかもしれません。
けれども、この先10年後、20年後には私たちの思いが正しいことを歴史が証明してくれると信じております。

どうぞ、これからも記事の拡散等、ご協力をお願い申し上げます。

●アニマルライツセンターさんの言葉のご紹介

http://www.arcj.org/

諏訪大社 御中
2016年1月2日
お世話になっております。
動物の権利運動をおこなう、NPO法人アニマルライツセンターと申します。
以前より、貴大社で毎年元旦に行われている蛙狩神事の廃止をお願いしておりましたが、2016年元旦もこの行事が行われたことを、とても残念に思っております。
動物の権利は神事より優先されるべきだと私たちは考えています。
冬眠中のカエルを掘り起こし、生きたまま串刺しにして「いけにえ」とするこの行事は、動物の権利を甚だしく侵害する虐待行為であり、直ちに廃止していただきたいと願っています。
伝統や文化は時代とともに変化します。中国の伝統行事「犬肉祭り」も近年国際的に非難の声が高まり、禁止する省も出てきています。
今年の6月、イギリスBBCニュースは、動物愛護のためにタイの雨乞いの儀式で猫ではなく「ドラえもん」が身代わりに使われたと放送しています。
西洋で何百年も続けられてきた闘牛は動物愛護の観点から禁止する州もあり、近年縮小傾向にあります。日本においても、東京都 神奈川県 富山県 石川県は闘犬・闘鶏・闘牛を禁止しています。その理由は「動物愛護を図ること」「善良な風俗を保持すること」とされています。
痛みを感じて苦しむのは、カエルも私たちも同じです。串刺しは強烈な苦痛を伴う残酷な行為です。
CIOMS(国際医科学団体協議会)は動物実験の国際原則のなかで「人間にたいして苦痛を引き起こす行為は、すべての脊椎動物にも苦痛を引き起こすと想定する必要がある」としています。カエルは脊椎動物です。
ヨーロッパでは「実験やその他の科学で利用される動物の保護に関する欧州条約」の対象動物でもあります。苦痛を感じると考えられているからです。
動物に関心を持つ日本人は年々増えています。2013年の動物愛護管理法の改正時には、動物愛護を気にかける国民の意見が、のべ248,417人寄せられています。
国内で行われている残酷な行事を廃止してほしいというのは日本人として当然の思いです。
多くの市民がこの神事に胸を痛めています。動物愛護は国民的な関心事です。公共性の高い神社という立場ならば、神事のために動物を殺すという行為を憂慮する市民の声に真摯に耳を傾けていただけないでしょうか。
私たちは市民を代表して、この蛙狩神事を命の犠牲と苦痛を伴わない代替法で行っていただくことを重ねてお願い申し上げます。
ご多用中恐縮ですが、貴大社のお考えを郵送もしくはメール(sato@arcj.org)でご回答いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

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コメント: 28
  • #1

    村山孝作 (日曜日, 03 1月 2016 22:53)

    ブルドーザーが冬眠中の蛙を掘り出して生きたまま串刺しにし苦しみながら
    死なせることについては、どうお考えでしょうか。
    そのように殺されていったカエルはおそらく、何万匹もいるでしょう。

    残虐な見世物としてではないのならカエルは殺してもいいんだという価値観が根付くことによって、
    道端でカエルを轢き殺すことが止められるのでしょうか。

    数々の問題が山積みになっている中で、その一つにすぎない諏訪大社の生贄神事についての問題がどのように位置づけられ、どのように生命の尊重による世界平和に発展していくのでしょうか。

    そのようなことが具体的に説明されないのは、動物の代弁者であるという動物愛護運動として不誠実ではないですか。

    実際に人の犠牲となる何万匹のカエルは人間の自然開発によるものなのに、
    カエルの死を時代錯誤の悪習という問題に置き換えて提起することが、
    本当に少しでも犠牲を減らしていく努力なのでしょうか。

    数々の問題を不当に矮小化しているとしか思えません。

  • #2

    大祝 (日曜日, 03 1月 2016 22:57)

    ほう、女性蔑視ですか。そんなもの、とうの昔からあったものじゃないですか。いたと、神事に関しては。時勢故に、人手不足や様々な要因によって女性参加が認められている所も多くなってきましたが、今でも女性参加を禁止している所なんて沢山ありますよ。もしかして、お祭りを知らないんでしょうか?それとも、参加したことがないのか。
    自分の地区しか知らないのなら、余所へ行って観てきて下さい。殊に、遠山郷北部の霜月祭や、天龍村の霜月神楽では厳格に守られています。
    また、禰宜様と呼ばれる宗教者の家では女性が生理になると別の部屋にこもっていたとも言われています。血の汚れを避けるためです。お祭りの前には、肉食を避け精進潔斎していました。
    お祭りとはそういうものなのですよ?蛙狩り神事も、ちゃんと神事と言っているでしょう。だからこそ、女性が川に入った事を咎めたのです。大体、余所者が神事の邪魔をすれば怒るのは当然至極です。あなた方の行動自体が、不見識且つ非常識です。そんなことばっかりやってたら、支持者はどんどん減りますよ。もう少し、考えて行動されては如何ですか?

  • #3

    新城 (月曜日, 04 1月 2016 05:12)

    うっわーこれまたツッコミどころが多過ぎてどっからつっこめばいいのやら

    >動物の権利は神事より優先されるべきだと私たちは考えています。

    すごいねこれ一番ぶっ飛んでるよ
    そしてその動物の権利とやらはあなた方の都合と好悪で選ばれるんだろうね
    自分たちの都合>動物の権利>神事
    なんでしょ?まず目的ありきで標的を探してるんでしょうが

    >当会は何が何でも神事の廃止を求めているのではなく人形などを使って生きたカエルの代替えにしていただきたいと要望しているのです。「イケニエ」という行為は国際社会からも受け入れがたいものです。

    代替にした時点で神事の意味がないから拒否されてるんじゃないの?
    その場合あなた方は要求を取り下げるの?それでも止めないなら「何が何でも」になるんじゃないの?
    気に入らないから止めろって言いたいだけでしょ?
    国際社会に受け入れがたいからなんなの?よその国に文化を否定されたら止めなきゃいけないとか思ってるの?文化を守るべきとか言ってるくせに矛盾してない?

    >1←水害により死者も出た常総の皆さんに対して、あまりにも心ない、迷信に満ちた
    言葉です。

    迷信でなかったら神事を汚したあなた方の所為なのに迷信だと切って捨てて責任回避ですか?

    >3呪う神様を信じねばならないのは不幸なことではないでしょうか。新しい価値観に戸惑われているのでしょうか。

    信教の自由って知ってる?????
    そもそも他人の信じる神に対してこの台詞、「あまりにも心無い」言葉じゃないですか?
    それに日本の神さまはだいたい理不尽だし怒るし祟るものです

    >おとなたちは、子どもに対し、小さな命を慈しむ心を育むよう、動物や他者の受ける
    痛みや苦しみへの想像力を育むよう、手本を示すものではないでしょうか。無抵抗な
    蛙をつかまえて、串刺しをする行為を、子どもたちはどのように受け止めたらよいも
    のでしょうか。

    自然界は弱肉強食だから生存競争に負けたら仕方ない
    神事は神様への捧げものだから仕方がない
    くらいしか言えないかな
    だからいただきますとごちそうさまを教えるんじゃないの?
    抵抗できない魚をさばくのはいいのかな
    焼き鳥だってあれ串刺しでしょ
    お刺身や焼き鳥は良くて蛙刺し神事は駄目なの?どう違うの?って子供に聞かれたらあなた方どう答えるの??

  • #4

    諏訪大社よ (月曜日, 04 1月 2016 12:34)

    蛙を串刺しにして五穀豊穣とか言っとる集まりと、
    蛙を守り命を守り世界平和を目指したいという集まりじゃあ、
    倫理観がかけ離れとるわな。

    前者が宗教団体だっちゅーのがぶったまげる。
    倫理観が欠けとるのは諏訪大社だけか、神道全体か。
    初詣の先も考えんとな。
    諏訪大社に詣でる人は、蛙の串刺しのことを知っとりなさるんじゃろうか。
    神事なら構わんと思うておられるのかも知れんなあ。

    諏訪大社よ、皆に神事を見せてくれんかの?
    蛙を串刺しにするところを大画面で見せて、諏訪大社も「蛙狩神事を世界に問う」のじゃ。
    伝承したい尊い神事なら、堂々と世に訴えてはどうかの?
    理屈を並べるより、人の心に届くと思うがな。

  • #5

    村山孝作 (月曜日, 04 1月 2016 14:38)

    宗教団体がどのように宗教的行為を行うかは、その宗教団体の自由ですが
    もし、非公開で蛙狩神事が行われるのだとすれば、
    残酷だから見たくないという方に、一定の配慮を行ったものだと思います。
    「誰しも子供達には見せたくない光景でしょうが、もし一部始終を見てしまったら一体どう説明するのでしょうか。」と、お考えになる方もいらっしゃるようです。

    そのような人々に、蛙を串刺しにするところを大画面で見せて、
    「蛙狩神事を世界に問う」ことが正しいことなのでしょうか。

    どちらにせよ、非公開であろうと無かろうと、そんなことは人間の勝手な都合に過ぎません。

    蛙を守り命を守り世界平和を目指したいと言いながら
    カエルはよく車に轢かれて死んでいて、仕方ないと切り捨てるという集まりも、倫理観が欠けていると思います。

  • #6

    見たくなくても (月曜日, 04 1月 2016 15:45)

    蛙を串刺しにする神事は見せるべきであり、見るべきだと思うなあ。
    蛙が車に轢殺されるところも。
    食肉にされる動物の屠殺も。
    死刑執行の場面も。

    真実を見て考えるべき。
    民主主義はそこからだろう?

  • #7

    村山孝作 (月曜日, 04 1月 2016 16:26)

    蛙を串刺しにする神事は見せるべきであり、見るべきだと思うことは自由です。
    また、宗教団体がどのように宗教的行為を行うかも、その宗教団体の自由です。
    さらに、蛙を串刺しにすることは見たくないという人が、蛙狩神事を見ないということも自由です。

    論理的に説得することは自由ですが、強制することは出来ません。
    見せたくない人に見せろといい、見たくないという人に見ろと主張されるのであれば
    見せたくない人の信教の自由を制限し、見たくない人が受ける精神的苦痛を正当化する
    合理的な根拠にもとづいて、両方の人を説得するべきです。

    それが民主主義です。

  • #8

    神道は殺す宗教か? (月曜日, 04 1月 2016 20:27)

    自分等がカエルを串刺しにするところなんか見せる訳がないわな。
    人を殺す現場を見せられないのと同じ。

    動物や人間が殺される場面を是非見たいという人は、現代の日本ではまず、いないだろう。
    それは幸いというべきかもな。
    どうしても見られないなら、本を読んでもいい。
    思いを馳せるだけでもいい。
    私たちの見えないところで閉じ込められ苦しめられ殺されていく動物や人間のことを。
    彼らの生涯を。

    自分以外の者の痛みや苦しみを想ってほしい。
    殺して英霊にするのではなく、殺さないでいることはできないのだろうか。
    神道というものは。

  • #9

    ありがとうございます (月曜日, 04 1月 2016 20:38)

    色々な方々の分かりやすい総括的なご説明を ありがとうございます。 全く同感です。

    実のところ 日本でまだ生け贄などという残虐な儀式が行われていたことを知って衝撃を受けました。そんなことは知らない人がほとんどだと思います。知ったら 皆ショックを受けることと思います。
    その昔の人々は生け贄のような残酷な行為をしたり見たりしても心が痛まなかったのでしょうか。
    自分達の生活があまりに過酷で虐げられていたので感性が麻痺してしまっていたのでしょうか。

    冒頭の「氏子さんからの言葉」には非常に驚きました。良識のある方の態度や言葉とはとても思えません。まさかアルバイトの氏子さんではありませんよね、というのが失礼を承知で正直な感想です。
    特に「女が川に入ったら川が汚れる」って本当ですか!? セクハラで訴えられる程の発言ですね。
    あまりの狭思考、傲慢さに言葉もありません。これらはその諏訪大社としての発言だったのでしょうか。それともその氏子の方個人の言行なのでしょうか。もし前者であったら大問題だと思われます。

    それでは、これからも人々の啓発活動を宜しくお願い致します。頑張ってください。

  • #10

    村山孝作 (月曜日, 04 1月 2016)

    人がカエルを串刺しにすること、人を人殺すことを乱暴にひとくくりにすることは
    論点のすり替えではないでしょうか。

    世の中の多くの人はカエルを殺すことと人を殺すことは違うと考えています。
    カエルを殺すことと犬や猫を殺すことは違うと考えています。
    その結果として、法律上の取り扱いは異なっています。

  • #11

    来年は神職の着ぐるみで蛙の串刺しを持てば? (月曜日, 04 1月 2016 20:49)

    諏訪大社は、カエルを串刺しにしていることが広まったら、
    支持者がどんどん減るだろう。
    試しに諏訪大社の門前で神職の人たちが「私たちはカエルを串刺しにする神事をしています」と書いたプラカードを掲げて立ってみたらいいよ。
    参詣者の驚きや嫌悪感がダイレクトに分かると思う。
    それで、伝承の神事なんですとか、五穀豊穣のためなんですとか言い訳してみたらいい。
    何人、納得してくれるかな?

    動物愛護団体も、来年はカエルじゃなく神職の着ぐるみで、カエルの串刺しを手に持ったらどうだ?
    笑顔のカエルの着ぐるみを着て風船を手に持つより、真実に迫れるぞ。

  • #12

    ●氏子さんからの言葉に対する諏訪大社の見解を問う (月曜日, 04 1月 2016 21:18)

    そうだ。全国動物ネットワークは、諏訪大社に対して、
    「●氏子さんからの言葉」についての見解を問えばいいよ。
    そういう発言をする氏子を教育、啓蒙していくつもりはあるのかも問うといい。
    だけど、発言をしたのが年輩の有力な氏子なら、教育も無理だろうなあ。
    教育する者がいないもんな。
    ああ、「全国動物ネットワーク」から誰か派遣してくれるよう要請すればいいか。意見交換会にでも。
    そんな謙虚な姿勢があるなら、諏訪大社にも未来があるのだが…
    このままじゃ氏子がかわいそうだ。

  • #13

    村山孝作 (月曜日, 04 1月 2016 21:36)

    神職の着ぐるみで蛙の串刺しを持った団体が
    諏訪大社のカエルの串刺しを止めるところは見てみたいですね。
    おそらく世間に与えるインパクトは絶大なものになるでしょう。

  • #14

    何この上から目線の連中 (月曜日, 04 1月 2016 23:06)

    こういうのをエセ正義厨っていうのかな
    よその神事に口出すもんじゃないよ
    教育とか何様のつもりなんだろ

  • #15

    諏訪住民から聞いた情報 (月曜日, 04 1月 2016 23:42)

    ・諏訪の小中学校ではPTAが諏訪大社の行事に駆り出されている。
    ・御柱に乗ることが子どもたちの夢になってしまっている。
    ・御柱で氏子が死んでも隠される。
    ・御柱で死んだ氏子の遺族は「ご迷惑をお掛けしました」と謝罪して回らなくてはならない。
    ・氏子は持ち回りで、断れない。
    ・諏訪大社は金を集めるので、役所も強く出られない。
    ・諏訪大社の行事が多いのは、金を集めるため。

    新しい住民なら、違和感を感じたら引っ越せばいいが、
    昔からの住民は、そうもいかないだろう。
    外からの風が吹き込めば、住民は諏訪大社から解放されるんじゃないか?
    解放を望まないほど洗脳されている住民もいるかも知れんが、カエルを串刺しにする神社が心の拠り所になるのか。
    恐怖は統制の一手段ということか。

  • #16

    (火曜日, 05 1月 2016 05:17)

    神職には尻尾を振り、大人しい住民には威張り、日本を支配しているのは自分たちだと思い込んでいる氏子が幅を聞かせている。天皇のことは認めていない。祭で死者が出るのは生け贄だから内心は歓迎している。弱い氏子が遺書に「神事を続けて下さい」とでも書かされて自殺に追い込まれるのではないか。倫理観や道徳心を持つ氏子は目を付けられ標的にされる。逆らえば生きられない。多かれ少なかれ全国似たようなものか。

  • #17

    保護者としての疑問 (火曜日, 05 1月 2016 09:26)

    ・諏訪の小中学校ではPTAが諏訪大社の行事に駆り出されている

    公立学校のPTA は宗教活動を行っても問題がないのでしょうか。会則や規約に宗教活動を行ってはならないと明記しているPTA が多いのですが。たとえば鳥取県
    (6) 特定の政党や宗教・宗派にかたよった活動をしてはいけません
    http://www.pref.tottori.lg.jp/secure/425517/minpprint.pdf

  • #18

    生贄という風習の終焉の時が来た (火曜日, 05 1月 2016 19:20)

    諏訪大社に今まで蛙狩神事が無かったと仮定してみてください。そして今、新たに蛙を生きたまま串刺しにする生贄を神事にしたらどうかと提案したら、諏訪大社はそれを採用するだろうか?100%採用しないだろう。時代の流れに耐えられないというのはそういうことなのだ。真の伝統は時代を超えて愛されるもの。時代とともに磨かれていくもの。

    伝統も風習も人に愛され慈しまれなければ生き残れない。生贄という忌まわしい風習が終焉を迎える時が来た。

    たった数人の抗議者しかいないのに、例年の川で神事を行わなかったのは、諏訪大社が既に終焉を決意した証とみる。

  • #19

    橘田光一 (土曜日, 20 2月 2016 11:30)

    神を語って洗脳し、金儲けする輩共。そういった宗教団体を信じるのも、ゲス扱いするのも自由だ。生きたカエルを串刺しにして救いがあるとでも本気で考えてるとは驚きだね。金に目がくらんでる輩は正気じゃないな。そういう輩こそ、同じ目にあって気づくべきだね。

  • #20

    大祝 (土曜日, 20 2月 2016 18:42)

    橘田光一さん
    全ての神社が金儲けしているというのは大きな偏見ですね。第一、全ての祭事にはお金が必要なことをご存じないのでしょうか?普通、氏神様の神社でお祭りがある場合には、各戸でお金を集めて祭事に必要な供物や花火代など、様々なものに使われています。また、神主さんも人ですので、お給金をもらっています。

    更に言えば、神田明神や諏訪大社など著名な神社は、個人のみならず企業等からも信仰を集めるので、自然と玉串料等でお金が入ってくるのです。最近のいかがわしい新興宗教の方が、よっぽどお金儲けのために人を洗脳していると思うのですがね。それから、蛙の串刺しは見せ物ではありません。神様に捧げるための供物です。それを言うなら、生きたまま捌かれて刺身にされる舟盛りの方がよっぽど残酷だと思いますが。蛙の串刺しは悪くて、舟盛りにさせられる魚は可愛そうじゃないって、不思議ですね。

  • #21

    身代わり (金曜日, 25 3月 2016 11:22)

    大祝氏は、生きたまま串刺しにされて焼かれるのと、生きたまま捌かれて刺身にされるのと、どちらをお望みか。
    神様に捧げるための供物になるなら、どちらでも光栄かな。
    ならば君が供物になると名乗り出たらどうだ?
    さぞかし君の信奉する神は喜ばれることだろう。
    私は、蛙にも魚にも君にも、命を全うしてほしいが。

  • #22

    大祝 (水曜日, 06 4月 2016 01:13)

    身代わりさん
    それでしたら、あなたは魚も肉も野菜すらも食べないという事ですかね?全てのものに命があるはずですから、あなたが食べる食物すべてに命があるので、命を全うして貰いたいというなら野菜も枯れるまでおいておくということでよろしいのですね?生産者の生活は蔑ろにしても。

    それと、何度も言っていますが神事です。見せ物ではありません。これは、神様の為に捧げるのであって人間に対して行っていません。第一、そんな事をいったら神社のお祭りで捧げる御餞(みけ)も、魚も捧げるなと言うことになりますが?

    それに、生け贄になるから動物はかわいそうだから止めろと言う考え方は、動物保護をビジネスにしているシーシェパードやグリーンピースと同じですよ。第一、彼らの先祖は原住民を虐殺して今の土地にぬくぬくと暮らしているんですが。生け贄で、年二匹のカエルを殺すことと一年に何百人もの原住民を虐殺してきた種族。どちらが残虐でしょうか?

  • #23

    大祝 (水曜日, 06 4月 2016 01:21)

    さらに言えば、今現在中国で行われている民族浄化というなの大虐殺は生け贄のカエルを殺すことより大したことがないのでしょうか?

    それに、この団体が動物愛護を標榜するなら、まず第一に身近で喫緊な問題であるペット問題や殺処分で殺されている犬猫問題を解決していくことこそ、最重要課題であるはずです。力の入れる場所が違います。一年に一回のことと、今この瞬間にも失われていく命とどちらを優先するべきでしょうか?

    私は、年一回のお祭りにきちんと参加する事で責務を果たしていますので、神様が望まない限りは自ら生け贄になるつもりはありません。きちんとした歴史ある神社ですから。

  • #24

    匿名 (月曜日, 30 5月 2016 01:23)

    まあ、随分と自分達の都合いいように話を盛って書いたものだ
    常識的に考えて川をかき回せば水が泥や砂で濁って汚くなるもんだし、それ女性軽蔑云々以前の問題だよな
    じゃあ仮に蛙じゃなくて魚とか人間が食べれるものだったらこの神事を許してたのか?違うだろ?
    そもそも動物愛護法は自分達の都合いいように制定しすぎ
    例えるならファミレスでステーキを食べてる人に向かって「牛が八つ裂きにされてかわいそう、おままごとのおもちゃを食べるそぶりだけでいいだろ」って言ってるようなもんだよ
    神事に使うために何万捕ってるとかならおかしいけど、使う分だけにとどめた常識の範囲の数なんだし、古くからの歴史を守る行事に愛"誤"団体の適当な法律を押し付けないでもらいたい

    それに坂本と箱山の二人の弁誤士は蛙狩りを潰せない腹いせに御柱を潰すつもりか?
    余所者の名売りと金稼ぎで諏訪大社を利用するとかふざけんじゃねえぞ
    頼むから来年の蛙狩りにはもう抗議に来るな、静粛な状態で神事を執り行わさせてくれ

  • #25

    大祝 (金曜日, 09 9月 2016 05:00)

    民さん
    残念ですが、全く的はずれです。前回の死亡事故は、関係者側が強く注意していたにも関わらず安全装置を取り付けていない為に起きてしまった事故ですので。そういうのはありません。
    そういった偏見は、氏子に失礼です。

    保護者としての疑問さん
    氏子ならば、参加するのが普通ですが?PTAだろうが先生だろうが議員だろうが関係有りません。氏子としての義務です。

    匿名さんの仰る通りです。こういった愛誤団体は行動を改めるべきです。いい加減にしてください。

  • #26

    匿名 (日曜日, 13 11月 2016 15:02)

    今年の夏、初めて諏訪大社に行きました。蛙の住んでいる御手洗川はとても澄んでいて地元の方々や神社の神職の方が非常に大切にされていることが自然と想像されました。翻って都会の川はどうでしょうか。開発によって埋め立てられる川、ポイ捨てや不法投棄によって汚れた川などは数多くあるように思います。その川では年に1回、蛙2匹どころではない数の生物の命が失われています。年に一度行われる神事に反対するその時間を開発反対運動や川の保全活動に使うほうが余程有意義だと思うのですがどうでしょうか。ご考慮をお願いしたい次第です。

  • #27

    匿名 (金曜日, 28 4月 2017 19:57)

    さて、どこから指摘すればいいのやら。
    まずは、命の軽視かどうかという話ですね。
    これは、人それぞれに常識があるように人それぞれに倫理観があります。これが、なんの意味ももたない行為ならそれは酷いでしょう。しかし、少なくとも鎌倉時代からは続けられてきた行為であり信じている人たちにとってはとても重要な捧げ事なのです。自分たちが信じている神様に奉納するものなのに軽じることはないと思いますよ。
    あと、子供たちに悪影響だと仰ってるようですがそれは違うと思います。あなた方の行動がその悪影響の方向に向かわせてるだけです。
    食事の時は「いただきます」と「ご馳走様でした」と言い感謝をしますよね。命への感謝の方法はなにも食べるという行為だけではありません。他にも感謝を示す行為はあります。
    それを何の理由もなくおこなってはいけない、命への感謝をするものだと子供たちに教えてあげるだけで価値観は変わると思います。食べるという行為以外では生き物を殺してはいけないと子供たちが教えられ、捉えられなくなることはとても悲しいことです。
    殺すという行為全てが重く、そして感謝すべき事なのだと教えてあげればあなた達の理念は満たされるはずです。

  • #28

    匿名 (金曜日, 28 4月 2017 20:09)

    そうそう、言い忘れてましたが
    呪う神様を信じなければならないのはふこうなことではないでしょうかと仰ってますが撤回していただきたいですね。
    あなた方に言われる筋合いはないですよね。
    人の思想の否定をしていると自分たちの思想が否定されても何も言えませんよね。
    動物愛護法があるように法律には宗教の自由もあります。
    法律に則って訴えるのであればそのような発言は控えていただきたいですね。矛盾してますし、誠に遺憾です。

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全国動物ネットワーク事務局

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